「findfriend(ファインドフレンド)」Project 始動

以前の投稿
20代〜30代と40代〜50代の言う「ソーシャルネットワーク」の意味は違う
の最後で書かせて頂いた
「それを一つ、年内にでも実践してみますか!」を有言実行にするため
早速プロジェクトが始動しました。




ウェブマネージングプロデューサー、コミュニケーションアドバイザーを迎え打ち出したプロジェクトのキーワードは「新たな友達との出会いから価値観の共有、そしてリアルの繋がりへ。」です!!



ローンチは7月末あたり。
告知をうっていかなければ!!

たまには少し、前に出てみようかなと思うんです。

世間を賑わす堀江氏が当時買収を開始しメディアに出始めた頃、
当時指摘されていたのは「経営者が前に出るのはおかしい」ということでした。



賛否は置いておいて、今まさに経営者こそ前に出るべきなのではと思います。
この不景気の日本はネガティブな要素を多く産み出し、
結果民間では常識を逸したことがさも当然の如く行われています。
一方人々の中にもネガティブな要素は大きくなり
昔で言うところの「根性」や「継続」をする前に心が折れてしまう、
折れる前にやめてしまうことが多くなりました。




経営者が財を成すのは最低限の目標であり、
このビジネス的目的無しに経営などはできません。
ただ一方で、経営者が今こそ前に出て
「自分はこういうことをしているんだ!」と声を挙げ合うことが
日本経済の内在的要素を呼び起こす一つのきっかけになると思うのです。



堀江氏が正しいかどうかは定かではありませんが、
結果としてあれから「若手」でも起業することが多くなりました。




時には前に出て一石を投じてこそ、波紋が起き何かが変わる。
人々の模範になることも同様、経営者の最低限の目標です。

20代〜30代と40代〜50代の言う「ソーシャルネットワーク」の意味は違う

僕が初めてウェブサイトを作ったのは中学2年生でした。
クラスの内緒話と携帯を持ってる「優越感のアピール」が発端でしたね。
今でもグーグルででてきて、見るとすごい恥ずかしくなります。
超高額のパケット代を費やして生まれた産物です。
今思えば将来の自己投資だったのですね!


下記、日々の業務による偏見です。


僕らの世代はネットを一種の「世界」と認識し、
ウェブサイトなどはツールと考えています。
メールやチャットは言語に近いコミュニケーションツールになっており
日々日常でmixi,facebook,twitterなどのソーシャルネットワーク
触れている、こんな世代でしょう。


一方で40〜50代の方は、
ネットを「通信網」として捉え、
意思の通信をネットやウェブサイトを通じて行うと認識しています。
メールはそのまま「手紙」として認識している方も多くいます。
mixi,facebook,twitterなどを利用する方は増えましたが、
内なるコンテンツ(コミュニティなど)の「意義」まではわからないという
ケースもよくお聞きします。


それを踏まえて、「ソーシャルネットワーク」を見てみると
この二つの世代で2分化されています。
「ユーザー自発誘導型」「コンテンツ配信誘導型」です。


つまり、20〜30代の方は「ソーシャルネットワーク」と言えば
ユーザー自身が他のユーザーにコミュニケーションをとり、
新たなコミュニティを形成し「場所」を作ってしまう流れを想像します。
これが「ユーザー自発誘導型」です。


40〜50代の方はより良いコンテンツを配信し、
そこを軸に通信網を張り巡らせて「道」と「郵便ポスト」を
作りそこを行き来させる、こういう流れを想像します。
これが「コンテンツ配信誘導型」になります。



どちらが良い悪いではなく、どちらもソーシャルネットワークには重要です。
だからこそ、提唱したいのは日本は「ユーザー自発誘導型」の発展が
遅れている点です。


例えば、facebookを始めた際にまず最初に感じたのは
「ここで何をすればいいんだ?」だと思います。
次に友達を登録していくと、「使い方」が見えてくると思います。
写真をアップしたり、メッセージのやりとりをしたり、
懐かしき友達とネットで再び繋がったり。
それは全て「場所」が用意されていて「模範」となるユーザーがいたからです。


こんな言葉があります。
「今までのウェブは『I love you』でした。
  これからは『please love me』です。」


もう一つ、提唱をさせて頂きます。
「ネットに浸かってしまっている人」こそ
ソーシャルネットワークに必ず存在してほしい人材です。



それを一つ、年内にでも実践してみますか!

今週のお題「お父さん、ありがとう」←いつまでの父

今週のお題「お父さん、ありがとう」



僕が単身渡米を決意し、
出発前夜にこういった手紙を家族に残しました。
「大成するまで帰ってきません。必ずや大きくなって戻ります。」
一方で、出発し自分の鞄の中に父からの手紙が入っていました。
「壁は幾度となく出てくる。どうか逃げず超えてほしい。
 逃げてしまうと更に大きい壁が出てくるから。」



あの日もう5、6年。
父が言うように壁は何度も出てきて
その度にぶつかっては傷ついて、ボロボロになって
また立ち上がって壁にぶつかってきました。
今も多くの壁が自分には存在し、
時にそれらは「八方塞がり」のような印象を与えます。
ただその時に父の言葉と父が歩いた道を思い出し
僕のまた、壁を乗り越える勇気を得ます。



誇れる息子になれたかどうかはまだわかりませんが、
貴方が言う「逃げない」を選択できる人間に近づきました。



いつまでも父であり、いつまでも自分の目標です。
お父さん、ありがとう。

心のエンジンの調子が安定していないのでは?

「やりたいことをする。面白いことをする。」を掲げていますが、
人生やりたくないことや面白くないこともどうしても存在します。
そういう時、どうしても気力が沸かない時があるのです。

これらに対して気力が沸かないのが自身の悪い癖だと思い
気力を出そうとあの手この手をしていますがどうにも上手くいかず。


ううーん、この癖は治したいものですね。
ADHD(もしくは予備軍)と米国で認定を頂戴しているので
アドレナリン分泌量が偏っているのも原因かもと言われました。
それより恐いのは「貴方みたいなケースはとある日前触れもなく
廃人になるかも」みたいなことを言われたことです。
とんでもねぇこと言うのなこの医者と思いながら聞き流していましたが
もしかしたらそんな日がくるのかと思うとゾッとします。


そんなことになる前にせめて全力は出しておかなくては!
さーて、頑張ります!!

やる前から諦めないための3か条

自身への戒めもこめて。


かのコナンくんも「人間諦めが肝心だよ」と小学生に言い放つように
人間であれば切っても切れないのが「諦め」です。



人間諦めは確かに重要。
物事にはどんな形であれ「終わり」が存在し、
時にそういう判断を下すことになることもあることでしょう。


しかし、「やる前から諦める」をしてしまう方もいらっしゃいます。
言わずもがなですが、それは可能性の放棄以外に何者でもなく
厳しい言葉で表現すれば「諦め」に値するのかどうかすら怪しいものです。
でも人間心は弱いもの。この「諦め」をしないための3か条をまとめます!!




1:「諦めざる得ない理由」を挙げていく

せっかく(?)諦めるのです。理由ぐらいはあるはずです。
片っ端から諦めるに至った理由を挙げていってください。
リストアップしていくと、「自分には能力が無い」
「勇気が無い」「どうしたらいいかわからない」などが
挙がっていくでしょう。リストアップできたら、
その理由が諦めることに値するかもう一度見直してください。
せっかく諦めるのです。自分が納得いく形で諦めるべきでしょう。
もし、もし少しでも「これって諦める理由なのかな?」と
ひっかかたら絶対諦めるべきではありません。




2:「もし始めたら」は後で考える

「いや、でももし始めたら・・・あんなことやこんなことになって
大変でしょ?大変な人もいるし・・・辛いってよく聞くし・・・」

なーんて思ったら、もう諦めるコースへ直行です。
逆に諦めなかったらとんでもない精神力です。
始めたら楽しいこともあれば辛いこともあります。
それはきっと避けれないこと。なので、「もし始めたら」は
後で考えましょう。まず考えるべきことは「うまくいった暁は」です。
モチベーションをあげずに現実的な計画を組んでも
きっとその計画は重くのしかかってくることでしょう。
まずは「うまくいったら」を考え第一歩を踏み出すことです。
その第一歩こそ「うまくいったら」へ続く一歩目です。




3:「ま、いっか」と思うこと

やる前から諦める人に共通するのは
世間体を気にしてしまう真面目な性格だということです。
リスクと天秤にかけ、様々なネガティブな要素をひっぱりだして
諦めに至ります。
失敗してもいいのです。駄目であってもいいのです。
もしそうなっても「ま、いっか」と思えばいいのです。
人間、失敗すれば落ち込みますし、負の連鎖が起きます。
だからこそ、どこかで「ま、いっか」と自分を楽にしてあげる。
安心して、諦めずに始めてください!




やる前から諦めることは、
貴方の将来をも握りつぶしてしまうことです。
どうか、自分自身を大切にしてあげてください。

無駄なことなんてないんです。気づかないことはあるけど。

何年も前にたまたま体感したことが役立つってことがあるんですよ。
その時は何の役にも立たないと思っていたのに、不思議なもんです。


こんな話があります。
例えば、貴方の才能は「爪が伸びるのが人より3倍も早い」
ほとんどの人は何の役にも立たないと思うことでしょう。
でも、それは「現在」そうなのであって、もしかするならば
100年後、200年後に世界を救うようなとても特別な才能として
皆から羨ましがられるかもしれません。


無駄なことなんてない。
僕らの世代はそれを信じてトライを続けるべきなのでしょうね。